一瞬で意図的にゾーンに入る方法伝授 究極の精神世界トランスの入り方

フロー状態、ゾーン状態に入り、セルフイメージを高め、人生を大きく変える方法を伝授するブログ。 イップスを経験したブログ管理人のゾーン覚醒体験談や精神世界への旅の遍歴。 潜在意識を根本から変えられる革新的方法についての体験記もあります。 精神世界の極致=ゾーンに入れる方法と出逢えば、人生の運は大きく開けます!

タグ:スピリチュアル

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精神世界、スピリチュアルにおける神の概念

スピリチュアルの世界には、『神』の存在に近づいたり、一体化したり、神の愛に触れるための方法論や概念がある。
スピリチュアルをやって、特殊な変性意識状態に入った時、神がかり的な状態になる人がいるけれど、本当に神がその人に降りてきたのか? 一体化しているのか?
それは誰にもわかりません。

本人の自己申告ですし、神に出会わなかったと誰も証明できません。
まあ、神の概念自体がとてもあやふやで、だからこそ、悪徳スピリチュアル業者(カルチ新興宗教も含む)に心の隙間をつかれて、人生を台無しにしてしまうわけだけど。


精神世界に深く入って神の意識、神の愛に触れる人は確かにいるが

神は存在するのか、存在しないのか?
この論争はとても不毛です。
ただし、スピリチュアル的なものを追求する人にとって、ある深い変性意識状態に入った時、神秘的な体験をすることは確かです。

まさに『神』と出会ったと思ってしまう人がいるのも当然だというぐらい、ある瞑想状態が突き抜けた状態になった時、神がかった精神構造になります。

本当に神なのかどうかはさておいて、神秘体験や奇跡体験は確実にどんな人間にも起こりうることですね。
広義の「神」という意味で、人はどうやったら神に出会えるのか、神から遠ざかってしまうのかを書いていきたいと思います。
「神」の存在を信じない人、ピンとこない人はこの文章中の『神』を宇宙の叡智、ハイヤーセルフ、高次元な存在、集合無意識、超越者、精霊、霊的な存在、天使、守護霊などに置き換えて読んでください。


神は追求するものではなく、結果的に感じるもの

『神』に出会いたかったら、それを追求することはない。
『神』は想像の範疇を超えてしまった存在で、わからないものを追求しても、到達するわけがありません。
瞑想やスピリチュアルや精神世界において、自分がすでに知っているものだけをまずは追求すべきです。

自分の知らない存在は、いくら瞑想を続けても、追求すればするほど遠のくだけ。
その追求の行為自体が、神に出会う可能性を著しく低くする障害となる。
だから、瞑想やスピリチュアルをやるときは、神様と一体化したくても、降りてきてほしくとも追求するべきではありません。


瞑想、精神世界の効果を強く上げるコツ

例えば瞑想は、自分の知っている世界を深く掘り下げていく行為です。
瞑想で想像外のもの、想像の産物でしかないものをもとめてはいけない。
自分そのもの、自分の感じてきたもの、自分の記憶、それらに深く追求していくべき。

そこを徹底的に極めたら、はじめて己を知ることができ、未知の扉が開く。
自分を知らない人間に、想像以上のものはやってこない。
まずは自分自身、自分の中の内なる神に出会うべき。
そこからしか、その先はないんです。


神とは愛でもある。
愛を感じられない人間に神は感じられないし、愛に包まれた人に神は舞い降りる。
究極に深い瞑想状態、変性意識状態に入った人は、例外なく愛に包まれる体験をする。
魂の浄化のすごさ、至福感、完全に満ち足りた感覚になっていく。


超越した意識の感覚の体験

解釈によってはその愛の感覚こそが神様との一体化だと思う。
僕が岩波先生の元で絶対的至福感の感覚に包まれた時、「あ、これが神との一体化なんだ!」と思った。
僕は宗教的、教義的な意味で神という解釈をあまりしない人間だけど、「神を感じられた」と感動している人の気持ちはわかる。
岩波英知先生のワークショップは宗教的な、スピリチュアル的な解釈を強制せず、各個人の感じ方に任せています。

愛に包まれた感覚は、ある宗教を信じている人にとっては、神に包まれた解釈になると思うし、神の愛に触れられた感動を味わうだろう。
別の人ならば(宗教を一切信じない人)、昔母親に愛情たっぷりに抱きしめられた頃の記憶と結びつけるかもしれない。


努力感、追求感、欲望を一度捨てたら、絶対的な精神世界に入れる

ともかく、神は求めたらいなくなるように、愛も求めたら逃げてしまうものだ(周りにたくさん人がいても一生孤独な人は、愛に対しての渇望が強く、依存性が強く、だからこそ孤独感がひどい)。
愛は感じられるから愛なのであって、愛を貰おうと頑張ると孤独が押し寄せてくる。
そして、愛を知らない人が愛情の感覚がわからないように、神の存在も愛の感覚も想像できない人にとって、わけがわからないものだ。

だから、瞑想やスピリチュアルをやる時、未知なもの、想像できないものを追求すると、不毛な時間になるだけ。
あくまで基本は、自分自身、自分の感覚、自分の記憶(覚えていない記憶も含め)を深く追求することだけです。
それが一番自分が知っているし身近なものだから。


あまりに浮世離れしすぎたスピリチュアル的思考になると・・・

どうしてもスピリチュアル的なものをやると、自分とは一番遠いところに自分自身を連れていきたいと思ってしまうけれど、それでは第一歩すら踏み出せない。
身近なものを征服してこそ、その先に進める、僕はそう強く思います。

スピリチュアルや精神世界のようなとらえどころがない世界でも、あくまで自分自身という具現化できるものから始めなければなりません。

だれもがスピリチュアルのプロではありませんが、自分自身の最高のプロは自分だけです!



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知っているつもりのスピリチュアルの知識が限界を逆にもたらす

スピリチュアルをいくらワークショップやセミナーや書籍で学んでも、それはガラクタの知識。
ガラクタというと言いすぎかもしれないけれど、知識は所詮知識でそれ以上でも以下でもない。
誰しもスピリチュアル的な発想や思考の重要性は知識から入るけれど、所詮は頭の表面でしか知っていない。

知っているつもりが一番の大間違いで、それで人生が変わったと思っていることが非常にもったいないことだと思う。
スピリチュアルの世界は、そもそも知識や理性の限界を知っている(予感している)人が興味をもつものだ。


掴みどころがないスピリチュアル、精神世界だからこそ魅力がある

理性を超えた超越した感覚の世界に身を置き、そこに絶対的真理に到達すること(スピリチュアル体感の覚醒)が誰しも憧れる。
目に見えない世界、運命の糸、引き寄せ、ハイヤーセルフ、理屈では割り切れないなにか、超常的な存在、宇宙…、これは知識で把握できるものではない。
スピリチュアル的な知識はあくまでとらえどころがない事象を理論的に体系的に捉えるための入り口として必要なものだと思う。

絶対的な感覚に覚醒することが、スピリチュアルの本質をとらえて願望を実現するための条件だ。
そのためには、理性的で冷静で客観的でいてはいけない。
それとは真反対の脳と精神状態に入らなければならない。


変性意識を強く実感してはじめて人生が変わっていく

その鍵が変性意識だ。
変性意識と言っても、超がつく変性意識状態に入らなければならない。
そして、これがとても大変だ。

瞑想、ヨガ、ヘミシンク、気功、座禅、呼吸法、踊り、修験道など様々な行を通じて、人は変性意識状態や瞑想状態に入ることで、絶対的真理へと到達する。
その途中経過で、深い発見と気づきの数々によって、人生がガラッと変わる。

しかし知識では決して悟れないし、気づきもしない。
脳の覚醒、魂の覚醒、潜在意識の覚醒のためには、絶対的変性意識状態に入らなければならない。
これがなければ、スピリチュアルをいくらやっても覚醒はできない。


みんな絶対的に感じていますか?

これは僕が追い求めてきても答えが見つからないジレンマに陥ったからよく分かる。
知識がたくさん増えたけれど、人生は一向に変わらない。
瞑想をしても混迷を深めるし、スピリチュアルのワークショップにいくら通おうとも、絶対的な感覚に入れたことがない。
ワークショップの参加者もみんな同じ状態だった。

もしスピリチュアル的な試みでちっとも人生が変わらない人がいたならば、頭の表面でスピリチュアルを捉えているに違いない。
しかし、絶対的変性意識状態には普通の方法じゃ入れない。

だから、スピリチュアルは、実際に効果があったとしても、ほとんどの人がその恩恵に預かれないのだ。
スピリチュアル体感が覚醒しない限り、一生無駄な時間と試みの数を増やしていくだけだ。


覚醒したスピリチュアル、精神世界の入り方

知識で人生を変えられるほど、脳やスピリチュアルの世界は甘くない。
僕が知る限り、絶対的変性意識状態に導いてくれる人はたった一人だった。
まさに覚醒した状態が確実に味わえる。
やればやるほど覚醒状態が増していく。

スピリチュアルに興味を持ち続ける人にとって、世界でたった一人の存在である岩波英知先生の存在は僥倖だ。
必ずその施術、ワークショップを受けたほうがいい。
これまでのスピリチュアル的な試みが、必ず100%小さくちっぽけなものに感じるだろう。
これは約束していい。

絶対的なスピリチュアル的な感覚が誰でも味わえてしまう驚異的な技術を持っている。



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運に恵まれる人、不運に見舞われる人の差はこれだった!?

人は生まれながらにして、運の良し悪しがある。
なぜだろう?

努力が報われる人もいれば、もがけばもがくほど運が悪いことに失敗を重ねる人がいる。
そこに運命をとても僕は感じますね。


いくつもの不運に見舞われた学生時代

なぜ僕はイップスになって野球選手の夢を断念しなくてはならなかったのか?
弁護士になるために?
そういう運命だった? 必然だった?
それともイップスは、運命関係なく僕が自ら選び取った結果なのか、自分の心の弱さのなせる当たり前の結果なのか。

いろいろ考えるともしかしたら前世から関係しているんじゃないかな? それとも目に見えない大きな偉大な力のなせる技なのか?
いろいろと考えていくうちに、僕はスピリチュアル的なことに非常に興味を持つことになりました。


幸運を引き寄せる方法ってあるのか?

もし最初から運命が決まっていたら、努力すら無駄になる。
かといって努力を放棄していたら、運命すら変わってしまうかも知れない。

成功した人の自伝を読むと、みんな運が良かったという。
売れた芸能人も同じことをいっている。

運ってなんだろう?
運がいいことに越したことはないし、どうせならば僕は運がいい人間になりたい。
成功したい、金銭的にも名誉的にも幸福度でも。
運が悪いと思っていたら、どれも手に入れられないことはわかっている。

しかし運がいい人間、成功を引き寄せられる人間は、何をやっているんだろう?
僕はいろいろ考えました。
そうなると、努力はもちろんだけど、努力を超えた知恵も超えた世界にヒントが絶対にあると思いました。


幸運も不運も自分で引き寄せているに違いない

セルフイメージで言ったら、成功した人間は自分は運がいいと思っているし、不思議と自分は成功してしまう人間だと思えている。
そこから、本物の運の良さが引き寄せられる。
引き寄せの法則は確かにあると思うし、少なくとも自分はだめだと思っている人間は、駄目な結果しか引き寄せられない。

じゃあ、どうすれば自分の運命を変えたり、運のいい人生になれるんだろうか?
努力がそれ以上に報われる自分になれるんだろうか?

スピリチュアル的なことをたくさん学んでいくうちに、自分の信じる道が見えてきました。
やることは自分を潜在意識から変えていくことだ。
運を味方につける。
科学的ではないことかもしれないけれど、目に見えない運命の糸を手繰り寄せることは、科学的以上に現実にあることだと思う。その思いに至りました。


精神世界、スピリチュアルに惹かれた理由

イップス、司法試験での集中力低下などを経て、自分の心に深く向き合わざるを得なかった僕は、スピリチュアルなことに関心を持つようになったことは必然でした。

そして、この逆境に負けてたまるかという気持ちもありました。
この気持が原動力になって、世界の放浪をしてまで手に入れたい『何か』をスピリチュアルに求めたんです。

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潜在意識を制した者は人生を完全制圧できる!

潜在意識にアクセスすることはスピリチュアルに興味があったり、自己啓発や自己実現に励んでいる人にとって、とても重要なファクターです。
潜在意識を制するものは、人生を制すると言っていいです。

セルフイメージが高い人は潜在意識から高い意識を持っているし、だからこそ何があってもぶれずに、願望を実現させるために建設的に行動できます。
天才的なアイデアも浮かんできます。
運がいい人生にもなります。
潜在意識から自分を信じることができているからこそだし、能力差や努力の差は関係なく、その点において人よりも秀でています。


プロ野球で活躍している先輩

僕の高校時代の先輩でプロ野球選手になった人がいます。
彼は小学生の頃、リトルリーグ時代から『自分はプロ野球でプレーしている』というセルフイメージがしっかりあったそうです。
高校球児になってもそれは変わらず、より明確に活躍しているイメージが出てきていたと僕に言ってくれました。

その先輩が卒業した後、僕はイップスになってしまい、セルフイメージが潜在意識の底から悪いイメージしか持てなくなっていました。
送球イップスを克服するために僕は血の滲むような努力をしましたし、メンタルトレーニングもやりました。


イップスに陥った僕は精神世界に興味を持った

瞑想や座禅をしたり(思えばスピリチュアル的なことに興味があったのは高校時代からだったんだと今気づきました!)、メンタル手レーナーに教えを請いに行きました。

しかし、潜在意識の問題の本質的なところを変えることができず、プロ野球選手をあきらめるどころか、野球人生にも高校いっぱいでピリオドを打つ事になります(その分勉強の道にエネルギーを振り分けましたが)。

潜在意識からの自己改革は僕にとって最重要で喫緊の課題でした。
しかし、瞑想も座禅も催眠療法もスピリチュアルワークも、どれも潜在意識の深いレベルには手が届かないものばかりです。

現実に潜在意識のアクセス方法は非常に難しく、それができる方法は非常に限られていることに気付かされました。
実際に、潜在意識の根っこにアプローチできる方法があったら、教えてほしいぐらいです。
おそらく自信を持って進められる方法はないと思います(一つだけ例外はありますが)。


強い変性意識状態だけが潜在意識に働きかけてくれる

潜在意識にアクセスするためには、自分が変性意識状態に深く入らなければ効果が出ません。
変性意識に入ること自体がとても難しく、確率的にも低いため、多くの瞑想修行者が壁にあたっています。

潜在意識にアクセスするために知恵を使って、雑念を増やしてしまったり、雑念を消そうとしてより頭が重くなるなんてことは誰もが経験していますが、それほど難しいことです。
かといって、感情的に自分を追い詰めていく方法もありますが、感情は無理やり振り絞ると反動が来て、無感動な人間になりやすいという欠点もあります。

エネルギーは心の底から湧いて出てきたものじゃないと意味がないのと、不自然な追い込みは逆効果だということを強く言っておきたいです。
自己啓発系のセミナーの欠点は多くがそこにあります。

海外放浪でも変性意識状態に深く入ることは難しかった

いずれにしても潜在意識を変えるには、変性意識状態に深く入り込まなければならないことが必須です。
僕はその方法と施術に出会うまで、海外にまで放浪して、その答えを探し求めました。
それはとてもいい経験値となったと同時に、よくこんな無駄なことをしてきたなとも呆れるぐらいです。
インドや世界各地に行っても、なかなか変性意識状態に導かれる方法がなかったです。

このブログでその体験談も書いていきたいと思います。


しかし、変性意識が強まれば自分を根底から変えられる

ともかく変性意識状態はあるし、潜在意識から変わる方法は確実にあるということは言っておきたいですね。
その方法についてもまたこのブログで書いていきたいですね。


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損をする生き方はどこから?

セルフイメージは低いと、どこまでいっても大損をこく人生になってしまいます。
セルフイメージが低い人でもたくさん努力をします。
頑張れば何かが変われると思うからです。

ですが、どの努力と費やしたエネルギーが無駄なものになります。
人間は頑張ったからってすべて順調に行くわけではないし、壁にあたった時に真価が問われます。

セルフイメージの高い人はエネルギーが高く持続

セルフイメージが高い人は、それもエネルギーにして成功するまで頑張れます。
しかし、セルフイメージの低い人ほど、うまくいかない時に『本来持っているセルフイメージの自分』の立ち位置に戻ってしまうからです。

その低い定位置が、語弊はあるけれど居心地がよく、安定しているからかもしれません。
つまり、変わりたいけれど変われないのは、セルフイメージが低いまま変わろうとしているからです。

セルフイメージの低い人の特徴

低いセルフイメージの中には
・どうせ自分は
・結局うまくいくわけない
・運が悪い

といったものが含まれています。

だから努力して頑張っても、結局元の『できない自分』の呪いから逃れられずに、少しの失敗でも諦めたり、人のせいにしたり、自信を失いやすくなります。
これでは、努力をしただけむだです。

セルフイメージが低いと長続きしない、やる前から諦めやすい

その無駄な経験値を何度も重ねてしまうと、完全に低いセルフイメージが確立してしまいます。
つまり、諦めの人生となり、努力をしても変われないとやる前から決めつけてしまうわけですね。

以前は努力をして変わろうとしたけれど、セルフイメージをおざなりにしたために、結局スタート位置に戻ってしまう。
時間を無駄にしているわけだから、スタートよりも更に低い位置に押し戻されてしまったと言えます。


絶対的潜在意識に完全アクセスすればセルフイメージを変えられる

潜在意識に組み込まれたセルフイメージは非常に強力で、そこを強く意識しないと、どんな頑張りも無駄になってしまいます。
潜在意識からセルフイメージを高めていくことが何よりも重要になります。

そのために方法として、瞑想やスピリチュアル的アプローチがありますし、様々な潜在意識にアクセスする方法が世の中にあります。
これについては、どれがいいのか、どれが効率が悪いのか(時間とエネルギーを無駄にしてしまう)、僕の体験談を含めてブログに書いていきたいと思っています。



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セルフイメージが低いと低い幸福感に

セルフイメージを高く明確にしっかりと持っている人と、セルフイメージが低い人では、人生の充実度や幸福度がまるっきり違います。

人間は生まれながらにして平等のようでいて全くそんなことはなく、置かれた環境や運の良さ、悪さによって、人生が大きく左右します。
しかし、挽回はいくらでも可能です。
そのために人は努力をします。

頑張って頑張って這い上がって、成功も運も掴み取った人はいくらでもいます。
僕もそんな先人たちに憧れ、人生の幸福をつかむために努力してきたつもりです。


なぜ頑張っても報われない? 人生は無常なのか

ですが、頑張れば頑張るほど、努力をしているのに報われない人を見てきました。
自分自身もこれだけ頑張ったのに、どうして人生がうまくいかないんだと思うことはたくさんあります。
そのうち、努力をすることすら面倒くさくなったり、モチベーションが続かなくなって、心が折れそうになったり・・・・。

その一方で努力関係なく、運の流れを我がものとして、努力以上の成果を上げている人はたくさんいます。
その差は何なんでしょうか?

セルフイメージの差が人生の運や勝敗を分けてしまう

それはずばり『セルフイメージ』の差です。
セルフイメージが明確で高く最適化されている人ほど、無駄な努力がありません。
無駄なエネルギー浪費がないから、脳みそも自由だし、気力体力もありあまり、ストレスが少ない。
すべてが建設的であり、生産的に動けるから、やればやるほど成果が上がる。

そのうち、とんでもない運を掴み取り、一般人には何百年コツコツ努力しても不可能な領域の成功を収めています。
(ここでの成功は金銭的成功のことを言っています。精神的な幸せを持続させるのはまた別の話です)

セルフイメージを高め、完全に確立した後の努力は、一が二になるレベルじゃなく、一が十になるぐらいの差があります。
それもエネルギーもすり減らすことなく、さらにエネルギーが補充されます。
僕自身、無駄な努力をした時と、うまくいい流れに乗っている時の差は、雲泥の差がありました。
それにはセルフイメージを確立したからこその成果です。

運がいい人間は何が違うのか?

セルフイメージ、例えば『俺が運がいい』/『私は運が悪い』と思っている両者がいます。
後者は運が悪いと思っているのだから、常に後ろ向きで、ちょっと壁に当たるとすぐ諦めてしまいます。

運がいいと思っている人間は、壁があっても「これは大きな飛躍のための絶好の材料だ」と捉えられます。
だからうまくいくし、ますます運がいい人間だとセルフイメージを高められます。

運が悪いと思っている人間が、努力をしても報われないと思ってしまうのは当然だし、モチベーションが続かないのも当たり前です。
失敗したとしても、セルフイメージが高い人は、心折れることなく結果が出るまでやり遂げられます。
何度失敗があったとしても、都合よく解釈して、すべてを建設的なエネルギーに変えられます。

セルフイメージが高い、高くないの差はここまで大きいです。

野球でプロを目指していたが突然悲劇が

僕がセルフイメージの重要性に気づいたのは、スピリチュアルの本を読んでいた時です。
この時の僕は完全に後ろ向きで、僕のセルフイメージは「私は報われない人間」というものが大半でした。

思えば、中学、高校と野球に打ち込み、甲子園常連校のレギュラーになりました。
夢はもちろんプロ野球選手であり、メジャーリーガーになることでした。
そして、甲子園に主力で出て活躍して、プロにスカウトされるという道すぎを描ける位置にまでいたこともありました。

送球イップスに襲われる

しかし、イップスが僕を襲いました。
ショートを守っていた僕は、ファーストに送球する簡単なことが急にしにくくなってしまったんです。
まさにイップスとしか言いようがなく、気負いがないときやなんてことはないキャッチボールのときは簡単にできていたのに、いざという時になると大きく送球がそれてしまうようになりました。

ここで僕は挫折を味わいました。
そして、もがいたあげく勉学に打ち込み、次の夢は一流の弁護士になることでした。
できればアメリカで活躍できるぐらいの弁護士に。

弁護士の勉強を頑張るも集中力、記憶力がイップス状態に

そして東京西部にある法学部に入ることができたのですが、大学時代での勉強が急にできなくなっていったんです。
モチベーションが上がらず、集中力も途切れ、記憶力がなくなっていきました。
これも勉強イップスだったのかもしれません。
僕は呪われていたとしか言いようがないぐらい、自分の潜在意識に振り回されていました。

潜在意識から呪われた過去

だから潜在意識の世界やスピリチュアル的なものに興味をもつのも当然だったと思います。
そこでセルフイメージが最悪だった僕が、セルフイメージを徹底的に高めて確立しないと、一生同じことを繰り返すと思いました。

セルフイメージが低い人は、残念ながら何をやってもうまくいかないと思います。
うまくいく前に努力が続かないし、運が悪いことしか見えなくなってしまいます。
それじゃあ、人生は大損です。



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セルフイメージを高める! 精神世界の扉を開いた学生時代

僕はセルフイメージを高めたり、あるいは確立するために精神世界やスピリチュアルの世界にとても興味を持って生きてきました。
本格的にスピリチュアルにはまったのは大学生の時代でした。

スピリチュアルには怪しいものがたくさんありますが、そういう変なものではなく、見えない運命の糸を自分の力と糸で手繰り寄せたいというものが強い動機です。

オカルトは逆に毛嫌いしています。

頑張りたくても頑張れない 集中力、暗記力悪化の異常事態

当時法学部に在籍して、弁護士になろうと必死で勉強をしていました。
なんですが、次第に集中力や暗記力が悪化している自分に気づきました。
あきらかに大学受験の頃と違って、モチベーションも集中力も続かない状態で、このままだと司法試験には受からないという焦りがひどくなってきたんです。

当然ながら、僕はモチベーションをあげようと頑張ろうと意識改革をしたり、毎日自分にモチベーションを上げる暗示をかけまくりました。
トイレに自己実現のための格言を貼り付けたり、天井に成功するための言葉を貼って、目が覚めたら必ず強く心に言い聞かせるようにしたりと。

ですが、モチベーションを上げることはできませんでした。
一瞬だけ、やる気がグググッとあがるけれど、一気にトーンダウンしてしまうわけです。
机に向かってもパッとしないし、集中力がとにかく続きません。

ストレス、人間不信、自暴自棄

僕は人生ではじめて生きることが非常に苦しく、未来はないのではないかという絶望感にとらわれはじめました。
数人の友人を除いて、大学での人間関係も非常にストレスを味わい、人間不信になったりしましたし、恋愛にも破れて自暴自棄になったり、精神的に不安定な時期でした。

とにかく本を読み漁りました。
ビジネス書から自己啓発書、宗教的な教え、成功者の格言、過去の偉人の伝記、古典文学からエッセイまで、人生をより実り豊かに生きるためのヒントを探し続けました。
本は人生を大きく開かせてくれます。
このおかげで色々な豊富は知識が身についたと思います。

セルフイメージの悪化、自分を否定するように

なのですが、これも結局長続きしないわけです。
相変わらずセルフイメージは悪化していき、自分に自信を持てず、肯定感も少なくなっていきました。
自己承認欲求はもとから強いほうだったのに、現実はどうも突き抜けられないもどかしさにイライラしたり傷ついているばかり。

精神世界、スピリチュアル的な発想:引き寄せの法則との出会い

そんな時にスピリチュアルという世界があることに気づきました。
まずは引き寄せの法則を書いた沢山の本を読み漁り、人生は自分の思ったとおりに行くもの、そのためにセルフイメージを確立しなければならないことを学びました。

引き寄せの法則はもう卒業しましたが、その考え方に心を打たれ、目に見えない偉大な力を掴み取る力が僕に必要で、そこを追求していったら現状を打破できると信じました。
それだけで心が楽になったのですが、そこからまたスピリチュアルの世界を彷徨い歩く苦行が始まり、別のもどかしさや希望が生まれていったわけです。

自分の感覚、考え方が何よりも大事

セルフイメージを高めることはとても重要です。
しかし、セルフイメージは自分の中の感覚(思い)であって、人から決めつけられるものではなく、主観的な世界です。
主観的な世界を突き詰めていけば、必ずスピリチュアルの分野と重なっていきます。
スピリチュアルも主観的な世界で、自分の感覚でものごとが進みます。

結局自分がどう自分を思うか、その確立こそがセルフイメージの確立であり、僕はスピリチュアルを通して、探求していこうと思いました。
もともと精神の流れや掴み取れない偉大な気の流れみたいなものに興味を持っていたこともあり、人間には知や理では推し量れない世界があることを信じていました。

結果的に大きな効果を上げる


結論から言うと、僕は健全な?スピリチュアルの世界を探求することで、とても大きな見返りを得ることができました。
すべてのしがらみから解放されて、自由な心を取り戻すことができました。
セルフイメージも最適化することができて、自分の中で確立しています。

そんな男のブログです。
ゾーンの入り方、イップスの克服方法についてもブログで書いていきます。

これからよろしくおねがいします。


筆者:清新博士 職業:弁護士


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